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マスタード
第5章 抱擁
慌ててドギマギしている奏の姿を見て愛美も陽葵もきゃははと面白そうに笑った。
笑い方もなんだか似ているのは流石母娘だなと思った。

「嬉しいよ、ありがとうね」と愛美が幸せそうに笑うと、「そうちゃん、パパになってくれればいいのに」と陽葵も微笑みを浮かべた。

「そうちゃんのこと好きなんでしょ。ちゃんと言わないとパパになってくれないよ」

と陽葵が言うものだから奏も愛美も顔を見合わせて吹き出した。

陽葵は何だか嬉しそうにクレヨンでお絵かきをしている。実に3歳の子供らしい絵だけど動物やイルカが上手に描けていると思う。

「上手だね。ボクにも見せて」と奏が言うと、「ダメ、そうちゃんには見せてあげない」と陽葵は慌ててお絵かき帳をしまった。

「え~、イジワルだなぁ」と笑いながら奏はビールを飲んだ。

昼間いっぱいはしゃいだし疲れたのだろう。じきに陽葵はお眠になった。

「もうそんな時間か。楽しいからあっという間だね」

急いで料理やビールを片付けて帰ろうという流れになった。

「あっ、そうだ」と愛美は陽葵がしまったお絵かき帳を取り出した。

「えっ、いいの?あんなにボクには見せたくないって言ってたのに・・」

「いいよ、見て」

愛美がお絵かき帳を開くとそこには奏と愛美と陽葵が3人で仲良く楽しそうに楽しそうに笑っている姿が描かれていた。
パパ、ママ、ひまりとそれぞれの人物のところに書かれている覚えたての文字を見て奏は思わずグッときた。

「パパって書いてあるのを見られるのが恥ずかしかったんだと思ってたけど、奏ちゃんが感動して泣いちゃうからかな」

と愛美は涙ぐんでいる奏を見て微笑んだ。

「こっちにいる間はパパでいてくれるんでしょ」
「うん、ボクでよければ」

できることならずっとこの街に住んで愛美と陽葵のそばにいたい。陽葵のパパとして大きくなるまで見守っていたい。
そんな切ない気持ちにマスタードの甘さと辛さが実によく染みる。

「奏ちゃん」と呼ばれて愛美を見ると目を閉じて唇を差し出していた。

奏もそこに唇を合わせて、ふたりは抱きしめ合った。

いつものとおり奏が陽葵をおんぶして愛美と寄り添って歩く。僅か5分だけど幸せな帰り道。

陽葵を寝かしつけると愛美は深いため息を吐いて布団の中でまた自分の体を慰めた。

奏といる時間は本当に夫婦みたいで楽しい。

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