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マスタード
第2章 想い出の店
その店を見つけられないのは、心のどこかで行きたくないと思っているのかも知れない。
キレイな想い出は、想い出のままにしておきたいから、今さら汚すことはしたくないのだろうか。

「愛」という店にはリサという女のコがいた。
当時で25と言っていた。

リサはどういうワケか奏のことを気に入ってくれて、奏の隣に座って接近してきたり、奏とデュエットをしたりと猛アプローチをしてきた。

当時の奏はまだ30過ぎで、飲み会のメンバーの中では一番下っ端だから、先輩たちを差し置いてリサに言い寄られるのに困惑していた。
そんなふうに少し困ったみたいな奏を見てリサは嬉しそうにケラケラと笑った。

もっとも先輩たちはママや他のホステスがお目当てだったり、リサに言い寄られている奏をからかったりしたりする者ばかりで特に機嫌を損ねることもなかったのだが・・。

連泊した時。毎日飲みに行くワケでもないので、駅前のスーパーで安い弁当でも買って部屋飲みでもするかと思っていると、「先生♥」と突然声をかけられた。
リサだった。

「あたしは今日もお店だけど、まだ時間あるからちょっとお夕飯でも奢ってよ」と嬉しそうに言った。
スナックが空くのは21時頃だからまだ時間はある。

「大丈夫だよ、スゴく安くなるお店だから」

奏が財布の中身を気にしているのをお見通しのようにリサは笑った。

リサに連れられて行ったのは街の外れにあるたこ焼き屋さんだった。
スナックだけでは食べていくのも大変だからリサは昼間はこのお店で働いているから、オーナーのおじちゃんの好意でタダ同然の安値で食べれるのだった。

「おっ、いい男だね~。カレシ?」とおじちゃんがふざけたように言うと、

「うん。ラブラブ~」とリサがあっけらかんと返すものだから奏はどぎまぎとした。

「ちぇっ、カレシいたのか。それじゃあこれからはご飯代はちゃんと請求しないといかんなぁ」とおじちゃんはがっかりした様子で言った。

「ええ~っ、マジであたしのこと狙ってたの~。ダメだよ~、結婚してるくせに。奥さんや娘さんに言いつけちゃうよ~」とリサはケラケラと笑った。

「もう、リサちゃんにはかなわないなぁ」とおじちゃんも頭を掻いて笑った。

「この人、遠くの学校の先生なのよ。吹奏楽。今は遠征で来てるの。だから遠距離恋愛なのよ」とリサがざっと奏のことを紹介してくれた。
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