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マスタード
第6章 幸せのタイムリミット
「そっか、御栄転ね。おめでとう」

内示のことを愛美に話すと愛美は寂しそうな顔をしてそう言った。
こうなることは分かってはいたのだが、現実となると哀しく重く奏や愛美にのしかかってきた。

「そういえばね、洗濯機が最近調子が悪くて。奏ちゃんのを貰えないかな?」

愛美の家の洗濯機はこのところ調子が悪くなって使えなくなるのも時間の問題だった。だいぶ古いものだし買い換えるしかないとも思ったのだが、奏が転勤するのなら貰おうと思って保留にしていたのだ。
奏が使っていたものが家にあれば奏を感じていられるから・・。

「リサイクルショップで買いたたいたものだからそんなにはもたないかも知れないけど」と奏も快く洗濯機を譲ることにした。

男から洗濯機なんてもらったら母親に不信に思われるから、店の常連さんが転勤することを聞いたので、要らないならと洗濯機をもらうことになったということにした。話の流れとしては嘘はないねと奏と愛美は顔を見合せて笑った。

奏の送別会はオーナーの石垣たちや店の常連さんたちも一緒に盛大に行われた。
店の閉店時間になると石垣たちや常連客も帰って奏たち家族だけで二次会になった。

奏としばらくは会えないから陽葵はずっと起きていて奏と一緒にいるとがんばったけどお眠には勝てずに眠ってしまった。

「また帰ってくるからね」と奏は陽葵に布団をかけてあげた。

もう遅いから家まで送ると言おうとしたが愛美はちょっと飲み過ぎたみたいでふらふらしていた。

「奏のバカ、何でよ、何であたしたちを捨ててどこかへ行っちゃうのよ」と愛美は大粒の涙を流して泣き崩れた。

「もう嫌い、大嫌い、この街には来なくていいから」

と泣きじゃくってそのまま泣き寝入りしてしまった。

「ごめん、本当にごめんね」

奏は眠ってしまった愛美と陽葵を見守りながら涙を流してひとりでビールを飲んだ。今夜のビールは一段とほろ苦い。

「ううっ」

しばらく寝て愛美は目を覚ました。
少し頭が痛いが、だいぶ落ち着きを取り戻していた。
愛美にも陽葵にもちゃんと布団がかけてくれてあった。奏がずっとついていてくれたんだ。

奏が転勤してしまうことは分かっていたなのに、現実として突き付けられると、やっぱり悲しくて寂しくて取り乱して飲み過ぎてしまった。

もうこの街に来なくていいとかヒドイことを言ってしまったことが頭に浮かぶ。
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