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マスタード
第8章 別離
本当だったら奏はまたオヤジバンドのステージに来てくれるように頼まれていたのだが、それもなくなった。

オヤジバンドのメンバーから連絡が来た時にみんな必死で頑張っているが、街の状況はひどいものだとぼやいていた。

それでも、夏ぐらいにはウイルスが納まったとして、旅館や飲食店を支援するためのGoTo企画も導入されて人々は再び出かけられるようになり、店も持ち直していった。

後々考えると、全く無策で何の制限もなく旅行とかを奨励したために、県を跨いで移動したり、感染危険地域とかも関係なく往き来したりしたおかげで、感染者は爆発的に増加して、緊急事態宣言が出されて自粛が求められた時よりも最悪な状況を招くことにはなるのだが・・。

あの街でも夏にお祭りができなかった替わりに規模はだいぶ縮小してではあるが、ささやかなイベントが開催されることになった。

そのイベントにはオヤジバンドのステージもあり、それが目玉でもある。当然の流れで奏にもオヤジバンドから依頼がきた。奏は快く引き受けることにした。

GoToのおかげで『囲炉裏』も落ち着いていてくれるといいのだがと思うが、未だに愛美から連絡は何もない。

奏は意を決して愛美にLINEを送ったがなかなか既読にはならない。愛美が無事でいてくれるのかを心配していると、だいぶ遅くなってから既読にはなった。

生存が確認できたのは嬉しいけど、愛美にはもう嫌われてしまったのかとも思った。大変な時に行ってあげられなかったのだから怒ったり嫌われたりしても仕方ないとも思った。

本当はすぐにでも飛んで行ってあげたかった。
でも、遠出をすること自体ままならなかった。いくら理由を作っても無理だった。集まったり、飲みに行ったりすること自体が犯罪のように言われていたのだから、理由の作りようもない。

いや、どんな無理をしてでも飛んで行ってあげるべきだった。奏は激しく後悔して自分を責めた。結局愛美や陽葵のことよりも自分の保身を優先したのだ。
ウイルスや世の中に負けたんじゃない、保身を優先する自分に負けたのだ。

愛美から返信が来ない以上、もうLINEを送るのはやめた。しつこくしてこれ以上愛美に迷惑をかけることはしたくなかった。
無事に生きていてくれた、それだけでも幸せだと思った。

愛美には嫌われてしまったけど、イベントには行くことにした。


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