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マスタード
第8章 別離
GoToを使うと驚く程に安く旅行ができる。
殆どタダのようなものだ。

例のオヤジバンドのメンバーがオーナーだった旅館はいつものようにタダで泊めてくれると言ってくれたが、GoToで泊めてくれるように頼み込んだ。

旅館だって大変な時だから少しでも収入が増えてほしいと切に思ったのだ。

旅館にチェックインするとすぐに街に出た。ステージは夕方で、1時間ぐらい前に集合して音合わせをする約束になっていたが、ちょっと街をブラブラしたかったのだ。

イベントとGoToのおかげで街は賑わいを取り戻しているようにも見えた。だが、『囲炉裏』は店は残っているものの営業している様子がなかった。開店は夕方だから無論こんな昼間にやっているわけもないが、営業している店とは思えないように寂れてしまっているように感じられたのだ。

愛美の家にも行ってみたが、とても人が住んでいるような生活感はなかった。全員がどこかに出かけているのかも知れないが、普段人が生活しているような生気は感じられない。

まさか、自粛や客入りの激減で店がやっていけなくなって夜逃げをするまでに追い詰められてしまったのか・・。最悪な予感が頭の中を駆け巡る。
それでも、たまたま出かけているだけ、昼間なんだから店が開いているわけがないと言い聞かせて夜にまた行ってみることにした。

オヤジバンドのメンバーに久しぶりに再会した。みんな奏に会えてスゴく喜んでくれた。
このオヤジバンドの面々はこの街が好きで都会から移住してきた人たちで、亡くなった旅館のオーナーみたいにみんな自営で店や事業をやっている。

ウイルスの影響でやはり大打撃を受けて苦しい状況だったと涙ながらに近況を打ち明け合った。

「しめっぽい話はもうよそう。せっかく先生が来てくれたんだ」

「先生に会えたら元気が出たよ。しょぼくれている街にも元気を届けるように派手にぶちかまそうじゃないか」

ビールで乾杯して演奏の音合わせを始める。みんなの嬉しそうな笑顔を見ていると奏も嬉しくなった。
アーティストとして心が通じ合っているのか、ずっと別々にいて久しぶりだというのに演奏は一発でバッチリと合った。

観光で成り立っているような街だからウイルスの影響で大打撃を受け、祭りも中止となり、人々も辛かったのだろう。

オヤジバンドのステージは大盛り上がりで涙を流して観てくれる人たちもいた。

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