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マスタード
第8章 別離
観客の中に七滝中学での奏の教え子たちもいた。笑美の姿もそこにはあった。
みんな奏がオヤジバンドのステージをやると聞きつけて来てくれたんだ。

「先生」

ステージが終わると教え子たちは奏のところに集まって久しぶりの再会に感激の涙を流してくれた。
みんなの元気 な姿を見て奏もまた涙を流した。

みんなもこんなご時世に色々と辛い日々を過ごしていたのだ。でも、こうして無事に元気でいてくれた、それだけで嬉しい気持ちでいっぱいになった。

「みんな、明けない夜はない。止まない雨もない。今は辛い日々だけど、できることを頑張っていつまでも元気でいてほしい。また笑顔で会おう」

教え子たちは奏の言葉に元気をもらって涙を流して笑顔で奏を見ている。奏もまたひとりひとりの顔を見て七滝中学の時の思い出を浮かべていた。


オヤジバンドのステージは翌日の昼にもあるので、メンバーとは軽く飲んで別れて20時前には『囲炉裏』に行ってみた。しかし、やっぱり店は営業していない。全く人気がなく寂れている。

愛美の家にもまた回ってみたが、やはり灯りも付いていなくて、人が住んでいるような生活感もなかった。

やはり夜逃げなのか。でも、LINEは確かに既読にはなった。生きていてくれるのは間違いないだろう。
どこに行ってどんな生活をしているのか分からないが、無事でいてほしい。不幸にだけはなってほしくない。それだけを切に思った。

その夜は手頃な居酒屋で一杯飲んで休むことにした。この街にきてこんなに寂しい思いをするのはリサが東京へ行ったのをママに教えてもらったあの時以来である。

その『愛』もない。『囲炉裏』もなくなりつつある。
この街から奏の大切なものがどんどん消えていく。言い様のない喪失感が奏を襲ってきた。

翌日の昼のオヤジバンドのステージは多いに盛り上がった。沸いてくれる観客たちを見て奏はやっぱりこの街が好きだと思った。愛美や陽葵のいないこの街にはもう来たくない思いもあったが、やっぱり大好きなこの街にはまた来てしまうんだろうなと思う。

そんな大好きな街、大好きな人々への想いを込めて一生懸命に演奏をした。最高の歌を届けられたと思った。

オヤジバンドのメンバーも奏と一緒にまた最高のステージができたことを喜んでくれた。
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