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マスタード
第9章 愛ふたたび・・
「ごめん、君はもう・・」

奏は慌てて愛美から離れようとするが、愛美がギュッと奏にしがみついてきた。

「離さないで・・、お願い」

とりあえず少し時間があるというので人通りの少ない路地裏にある店に入った。
奏と愛美はビールで、陽葵はクリームソーダで再会に乾杯した。

「あたし、ダメな女ね。愛よりもおカネを選んだ・・」

ウイルスの世界がやってきて、観光客も来なくなってあの街から人がいなくなった。それでも常連さんや街に住む人たちが来てくれるから何とか頑張ろうと思ったのだが、飲食店が悪者のようにされて、特に『囲炉裏』のような夜にやっている飲食店が目の敵にされて営業自粛を迫られた。

休業補償なんて雀の涙程しかもらえずに店が抱えた債務も払えない状態に陥ってしまった。

いっそ陽葵だけは施設にでも預けて死んでしまおうという心境にまで追い込まれた。

そんな時に秀一が債務も払ってくれるし、愛美と陽葵の生活も保証すると申し出てくれた。このままでは死ぬしかない困窮の中、藁にもすがる思いで秀一のプロポーズを受け入れたのだと愛美は涙ながらに話してくれた。

以前に秀一が電話をかけてきた時に話してくれたことと同じ内容だった。

「よかった、愛美も陽葵も無事に生きていてくれて。ボクには助けてあげることができなかった。本当に申し訳ない」と奏は涙ながらに頭を下げた。

「謝らないで。奏ちゃんは何も悪くない。奏ちゃんの置かれた状況は承知で、それでも愛してるんだから・・」

進行形の愛してるという言葉に今でも自分のことを愛してくれていることを感じた。

「ダンナさんは優しくしてくれる?」

奏は一番心配していたことを尋ねた。愛美と陽葵の元気そうな様子から安心はしていたのだが、その通りの愛美にも陽葵にもスゴく優しくしてくれるとの答えが返ってきたので本当によかったと思った。

「パパは優しいから好きだけど嫌い。ママのこと好きならそうちゃんパパを取り上げるようなヒドいことしなくたっていいのに」と陽葵はちょっと脹れ顔をする。

「パパには本当に感謝してるんだよ。ママと陽葵を助けてくれたんだから。だから嫌いなんて言っちゃダメだよ」と奏は優しく諭すように言った。

「結婚なんかしないで助けてくれればいいのに。それか、結婚したからってそうちゃんパパを取り上げなくたっていいじゃないね」



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