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化け物
第1章 化け物
 幸い夏休み中で、生徒はまばらだった。


 聡はひとつひとつ教室を見て回り、わたしが居ないと分かると、そのたびに廊下のガラスを割った。


 騒ぎは聴こえていた。


「こっちに来るよ!」

        
 誰かが叫び、教室に居た生徒たちは悲鳴を上げながら教室の後ろから走って逃げた。

 
 足音が近付いてきてるのは分かっていたけど、わたしは動けなかった。


 聡は教室の前ドアからひょこっと顔を出した。
 中央の席に立ち尽くすわたしを見つけると、聡はパッと顔を明るくした。


「いた」

  
 補講の先生にバールを投げつけ、何事もなかったように「帰ろう」とわたしに無邪気な笑みを向ける聡に、わたしはお姉ちゃんの気持ちがわかったような気がした。聡はきっと、お姉ちゃんにとってかけがえのない弟だったはずだ。




 幸い聡はバールで誰かの頭をカチ割ったりしなかった。
 学校はなぜか、警察沙汰にはしなかった。
 我が家の事情を知っていたからだろうか?
 わたし達家族がその土地を離れただけで、聡の罪は赦された。



「昼で帰れるって喜んでたのに、なかなか帰らないから心配で見に行ったんだ。おれのおかげで帰れたでしょ?」



 聡は悪びれる様子もなく、むしろ清々しい顔をして、自分の罪を説明した。
 聡の瞳に世界は何色に写っているのだろうか。



 聡はもう、人間には戻れないだろう。
 わたしはそれを知ってる。
 だって、聡はわたしの心臓だから。
 わたしは素直に「ありがとう」と聡に言った。



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