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理想というまやかし
第2章 憂いの皇子
欲望に彩られた街が目を覚ます頃、甘くふわふわな夢の香りが充満していた店内は、白い照明を蜂蜜色に落としたのを合図に、癒やしより官能的な想像力を求める客達が増え出す。
りとの勤める男装居酒屋を訪ねてくる女達は、心の隙間を持て余しているタイプも多い。女を指名して酌をされたりしたりすることを楽しむ彼女達は、全員がレズビアンというわけでもなく、ほとんどが昼間は男に恋をしている。
今夜、りとを指名した三組目の客は、二歳下の大学生の女の子だ。学費や生活費のためにキャバクラで働いている彼女は、コスプレ色の強いこの辺りの接客業の女の子達より都会的な雰囲気がある。彼女の服もバッグもハイブランドの新作で、コロンは、一度だけ会ったことのある愛乃という女がつけていたものに似ている。
「この香り?ディオールのローズ&ローズですよ。つけてる人、結構いると思います」
「ふぅん。君に似合うよ」
「またまたぁ。彼女さんの香りに似てたんですか?」
「そんなのいないよ。今この時間、私が興味を持ってるのは君だけ。それじゃダメ?」
二十になったばかりの少女の肌が、蜂蜜色を帯びていても分かるほど紅潮している。泳ぎがちな、けれどりとを盗み見る機会を窺う少女の眼差しは、お世辞抜きで可愛いと思う。
営業形態は違えど同業者の人間にこんな台詞を吐かれても、素直に騙されることが出来るのか──。