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理想というまやかし
第2章 憂いの皇子
* * * * * * *
休日の昼間、りとが近所のコンビニエスエンスストアの袋を下げてマンションの部屋に帰りつくと、随分と愛らしい顔の女が隣の部屋のドアの前でおどおどしていた。
愛らしいと言っても幼い類ではない。歳も多分、りとより上だ。
こよなく綺麗な二重目蓋がつぶらな黒目をより大きく見せていて、見事なカールのまつ毛が天を向いている。頬に血色がないのは、肌の白さを引き立てるために、あえてチークを刷いていないのだ。小幅の肩に、ハリのある弾力を感じさせる豊かな乳房、顔は両手に包み込めるほど小さくて、鎖骨も腰も、タイトなスカートに隠れた脚も、ほっそりしているのがひと目で分かる。通路の一点を見つめて、頼りなげに視線を泳がせている様が、他人ながら庇護欲を煽られる。
「ここのお部屋の方ですか」
りとが女を盗み見ながら部屋の鍵を出していると、本人が声をかけていた。
「はい」
「良かったぁ。どなたかいらっしゃらないかと、待っていたんです。あの、虫、大丈夫な人ですか」
虫?
まぁ、じかに触れとかでなければ。
「モノによります」
「あの、そこ……」
女は、さっきまで見つめていた一点を視線で示した。
蠅よりは小さな、形だけはそれによく似た一匹が、扉の真下にとまっていた。
「私こういうの、どうしても苦手で……。部屋に入れなくて困っていたんです」
「ああ、これくらいなら」
女に離れているよう指示をして、りとは彼女が足止めを食らっていた扉の前の真下にいた虫の頭上で、片手をはためかせてみた。人間の気配を察知した虫が素直にその場を離れると、さっきレジでもらったチラシで風を起こす。小さな虫は突風に追い立てられるようにして、明るい方角へ飛んでいった。