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理想というまやかし
第2章 憂いの皇子
本当は男と住んでいるのではないか。ほぼ毎晩、声や物音が壁を突き抜けてくる。帰りが遅くなった時は、ベランダでの遊戯が丸見えだ。見せられた方が後ろ暗い気持ちになるし、防犯上感心しない、控えた方が良いんじゃないか。
おおよそそうしたことを伝えると、とりわけいつも作り物の笑顔を貼りつけてきたような顔が、折り紙を握り潰しでもした具合に、初めてくしゃりと表情を変えた。
どうしよう、どうしよう、と、数日前に助けを求めてきた時に似た目をりとに向けて、未沙は羞恥と謝罪を繰り返す。自覚も悪気もなかったらしい、勢いで近くの川のほとりを飛び降りかねない狼狽ぶりだ。涙ぐんで、いっそりとの方が悪いようにまで錯覚させる。数日前の真麻の顔が、ふと浮かんだ。ただしあの同期は、目前にいる未沙と違って、縋るような目つきはしなかった。
「恥ずかしい……何かお詫びでも。あ、お豆腐……でも、こんなものじゃ……」
ああ、可愛い。
越してきたマンションがセールス文句に誤謬ありかと思いきや、隣が一人暮らしの巨乳美女。
これが陳腐なライトノベルなら、いや、フィクションでなくてもこれは何かしらの伏線ではないか。
真麻はパートナーのいる相手と仲良くなるなと言った。未沙が一人暮らしなら、男とは破棄出来ない関係ではないかも知れない。あれだけマニアックな交わり方をしていたところから、ただのセフレの可能性さえある。
買い物袋を覗いてうなだれた未沙に、りとは、明日の夕飯を馳走になりたいと提案した。
自身をより魅力的に見せる術を心得ている未沙は、口許を手のひらに隠して破顔した。