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理想というまやかし
第2章 憂いの皇子
「もう、ほんと顔に出やすーい。今度はどう?実際、私、どうかな。もっと上に見えた?それとも若く見えたぁ?」
りとは吹き出しそうになる。アールグレイを味わっているところだったら、危なかった。
おどけてみせた未沙は可愛い。本当にただの屈託ない少女だ。
ほぼ毎晩訪ねてくる彼女の恋人も、こうして表情をころころ変える未沙の無邪気な気性の虜になったのだろう。顔見知りの隣人、良くて友人になるかも知れないだけのりとにこれだけ懐っこいのだから、相手が恋仲ならどんな顔を見せるのか思うと、りとはあの男の視線で未沙と過ごしてみたくなる。
「若くって……、若いじゃん。白状すると、二十代だと思ってたけど」
「またまたぁ」
「却って失礼だったね。でも未沙さん、本当に可愛いよ。相手いなかったら惚れてた」
「本当?でも、ダメ。私なんか取り柄もないし、やっぱり四十過ぎは若くないよ」
「そういうの七十歳のおばあちゃんなんかが聞いたら怒るよ。それに、可愛くて仕草だって女性らしくて、料理だって上手い。まだ他にも才能隠してない?」
「ないの。本当に」
風に乗って朗らかに揺れていた花びらが急に閉じたように、未沙の声音がふっと翳った。神妙に俯く白い顔は、あざとさや計算高さを貼りつけた、無言の自信を漲らせているいつもの彼女らしからぬものだ。
凍りかけた空気をはぐらかせるようにして、未沙は続ける。
恋人が出来てもすぐに相手が去っていくこと、娘とは良好な関係だったのに、上京するわけでもないのに大学へ出た途端に家を出て行きたがったこと。未沙は、男も子供も自分の許を去っていくのは、自分に魅力がないからだという。