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理想というまやかし
第2章 憂いの皇子
「そう言えば、隣の部屋の女の人とはどうなってるの?」
「友達になった。男も最近、来なくて静か」
「それは良かった。でも、また夕飯食べに来て。意外と楽しかったから」
「ありがと」
嘘ではない。未沙には交際を申し込んでも申し込まれてもいないし、男の足が遠のいたのも本当だ。
あの傲慢で、体格からして女とは異なる生き物か。それともりとか。
いくら未沙が異性愛者でも、どちらを優先するようになるかは目に見えていた。
少しばかり中性的な容姿に生まれて、大抵の女の長所はすぐ目にとめられる体質を備えていた。りとは、中高生だった時分、同世代の少女達の感じやすい心に響きやすかったようだ。彼女らから初々しい恋心を伝えられた数は、あの頃が絶頂期だった。りとのクラスだけ他に比べてカップルが少なかったのは、女子生徒達の関心が、他の生徒に散らばりにくかったのもある。
少女達の青く透明な精神が色を変え始める頃、移ろうのは彼女達をとりまく環境の方だった。
りとに好意を寄せていた少女の一人に告白して玉砕した男子生徒が、翌日から部活ぐるみで彼女に嫌がらせするようになった。また他の男子生徒は、りとに告白してきたことのある女子生徒を密かに想っていたらしく、恋を諦めた虚しさを埋め合わせようとでもするように盗撮を始めた末、エスカレートして彼女の家やら着替えやらを写真に収めることにのめり込んだ。
そうした例は些細な方で、犯罪に発展しかけたこともある。現場を押さえて阻止しても、女は余計にりとに惚れ直したと言って頰を染めて、男は逆上した。警備員を呼ぶ羽目になった。
大学に進むと、りとの方に告白してくる男もいたが、彼らは自尊心のかたまりだった。
社会的に進出する術に長けた彼らは、結局、思い通りにならなければ手を替え品を替えてでも野心を突き通したがる性質が強硬なだけで、優れているのでも何でもない。特に期待も失望もなかった男という生態は、りとの中で完全に存在価値をなくした。