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理想というまやかし
第1章 孤独の女神


「お疲れ様ー!」

「ひゃああっ?!!」

「わっ、こっちがビックリしたし。仔猫さんみたいな声出すねぇ」


 後ろから無遠慮に腕を回してきたのは、真麻と同い歳のキャストの女の子だ。健康的な白い肌に黒い短髪。親しげな笑顔が悪戯な少年を彷彿とする彼女のほんのりオレンジの入った薄化粧が、この辺りの区域では珍しくないホストクラブのキャッチに出ている男達のようなスーツスタイルを、ずっと上品に見せている。

 ほとんど骨と皮だけでは、と感じるほどしなやかなのに、同い年とは思い難い包容力のつきまとう腕が離れていったあとも、爽やかで甘いコロンの香りが胸を締めつける。


「そういうの心臓に悪いからやめてっていつも……」

「ごめんごめん。真麻可愛くて、つい」

「営業時間外にそういうこと言うの、やめない?」

「休憩中だから、本心しか口にしないの」


 全く悪びれないイケメンは、カスタードと白桃盛り盛りのタルトをフォークで崩しながら、カップドリンクのストローを吸い上げている。よく見ると今日出たばかりの新商品で、ミントフレーバーのミルクティーだ。


「彼女?」

「うん」

「何件?」

「一件だよ。仕事なの言ってあるもん」


 とびきりクールな見目をして、毎度、休憩時間のランチには甘党を極める彼女、松浦りとは、真麻の同棲事情を知っている。三ヶ月前の新人歓迎会の宴席で、同じ店舗に同期がいたことに安心した真麻はその日の内にりとと打ち解けて、話が盛り上がると同時に酒も進んだ。酔った弾みで近くのファッションヘルスの指名No.1キャストと交際半年を迎えることや、彼女と近くの勤務地を探していた時、この男装居酒屋を見つけたことを、ざっくばらんに吐露したのである。
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