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理想というまやかし
第1章 孤独の女神
* * * * * * *
天上の女神も、思わず煩悩に惑わされるのではないか。空高く聳える大樹が美しい音色だけを集めて気鋭な芯を巡らせたような歌声は、真麻の空洞だらけの内側に寄り添うように浸透していった。
空洞は盗まれていった部分だ。
初恋もファーストキスも、破瓜の感動も、憧れるより前に奪われて、二十一年だけが過ぎた。逃げ出したくて狂いそうだった、学生という閉ざされた日常の出口まであと少しといった時点で、愛乃という奇跡に出逢った。
母親以外の人間であれば、家族は女も男もこだわらなかった。あの家を出る理由を与えてくれる相手なら、歳が近くてなるべく人間らしい欲望を持っていなければ、誰でも構わない。
誰でも構わないという感情は、愛乃と接していく内に、彼女でなければいけない、に変わった。
…──真麻ちゃん、可愛いね。こんなに可愛ければ、モテるでしょ。
…──好きな人も付き合ってる人もいないの?私とおんなじだね。
玲瓏な歳上の女の眼差しは、手のひら同士が触れ合う部分が生み出す湿気った体温と同じくらい熱かった。
マイクを握って振りをつけて、ステージ上であれだけの声援を思いのままにしておきながら、いかがわしいこの夜の街で、愛乃は男の生殖器を握って奇跡の喉を無駄遣いしている。金を出せば、多くのファン達が握手だけで昇天する歌姫に、あられもない密度で触れられる。真麻が店に行って指名したいと言い出すと、そんなことしないでホテル行こうよ、と愛乃の方から誘ってくれた。