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理想というまやかし
第1章 孤独の女神
二十代の女が二人で暮らすには不自然なまでに豪華な一軒家に真麻が帰り着くと、愛乃が血相を変えて飛び出してきた。
体のどこか壊したのか、思わずヒヤリとするほど青い顔をした恋人は、六時に上がったにしては遅いじゃない、さっき何で返信くれなかったの、と矢継ぎ早に問うてくる。
「ごめんね、愛乃。休憩時間も、仕事のことで話してて」
「既読は付けてくれたのに。心配したよ、何かあったんじゃないかって。もう帰ってこないんじゃないかって」
「帰って来なくなるわけ、ないじゃない。私は愛乃だけ愛してる」
「本当?どれだけ好き?私のどこが?」
りとが世間話から解放してくれなくてお弁当を食べる時間だけでいっぱいだったとは、言えない。
仕事はなるべく定時に上がって、いつもの特急を逃さないように急いでも、思い通りに帰れないこともある。シフトはお互い把握するようにしていても、こんな時、特に連絡も返せなかったりした時、愛乃は捨てられた仔猫を思わせるみじめな歪みを美貌に刻む。
身軽な部屋着に着替えてリビングへ戻ると、愛乃は隣接したキッチンで夕飯の支度を始めていた。
最終学歴が中学校だという彼女は真麻より社会人歴が九年長い。一人暮らしは五年目だ。雰囲気と立地に魅力を感じたという動機だけで、一応調理業務に就いている真麻の得意料理がホットケーキだけなのに対して、愛乃は毎日、凝った献立を出してくれる。きっと頭に無数のレシピが入っている。