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理想というまやかし
第3章 嘆きの娼婦
「そう。三芳さんもご苦労されたのね。ウチも今でこそこんなのんびりしているけれど、昔はお金には困っていたから……」
「愛乃には助けられましたし、三芳さんが、一緒に就職活動をして下さっていたんですな。有り難いことです」
「それで三芳さん。貴女達の夢は、私達に反対する理由はないわ。ただ私達、今まで協力して暮らしてきたから、愛乃がいなくなると困ることも出てくるのよ」
この日、愛乃は初めて、一般の基準を満たした親の顔を見た。
一人娘を失えば、自分達がそれまで通りの生活を送れなくなる。彼らの言い分を聞き流した愛乃の感覚が標準を外れていただけかも知れないにせよ、ここまで円滑に話が進んだのは幸いだった。
しかしそれは、愛乃が父と母をあまりにも理解していないだけだった。初めて見た彼らの穏やかな顔に絆されて、一瞬でも、彼らから受けた横暴を忘れて盲信しただけだった。
両親は、愛乃の自由を認める条件として、ポルノ制作会社との契約を結ぶことを提示した。
その手の映像作品は、女優や男優のキャリアはもちろん器量や可能なプレイによって、報酬はピンからキリまである。
少し前、愛乃は売春相手の男に名刺を握らされていた。その男は自分の性処理にあてがわれた少女に同情して、もっと安全で優良な仕事があると言って、愛乃をスカウトしようとした。愛乃は名刺を捨てた。だのにあの会食の席で、まるめてゴミ箱に投げ入れたはずの男の名刺が、母のバッグから出てきた。
ビルとビルの間の小路にまぎれた撮影スタジオは、散財した機材を除けば、少し洒落た民家に見える。寝室やシャワールームだけ、やたら豪華で凝った内装に仕上がっている。
愛乃は打ち合わせ通りの時間、そこに三芳と一緒に入った。