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理想というまやかし
第1章 孤独の女神
「着替えてきたの?」
「うん。何か手伝おうか」
「良いよ。座ってて」
「愛乃、今日、仕事は?」
「九時半から」
一時間しか、一緒に過ごせないのか。
壁時計を瞥見して、真麻は落胆する。こんなことなら特急電車を逃した時点で、タクシーに手を上げれば良かった。
「寂しがらせるの、愛乃の方じゃん」
色鮮やかな卵の液体を蒸し焼きにしている愛乃の真後ろに足をとめて、細い腰に腕を回す。スペイン風オムレツの優しい匂いと、楽しいことを知っている女の子の香りが、人間に備わるという二つの欲をそそってくる。
待って、と、くすぐったそうに身体をよじって、愛乃は今夜のメイン料理を仕上げると、見惚れるほど手際良く皿に盛った。生春巻きを添えたサラダも仕上がっていて、スープは多分、あと煮込むだけだ。
「着替えてきたばかりで、こんなこと言うのも何だけど」
愛乃の指が、真麻の着ているトップスの前身頃のボタンを伝う。初夏の薄手のトップスでは、ガラス細工に触れるほどの力加減でも、触れられたところがじんと微かな電流を覚える。
「そこに立って、脱いで」
「ご飯は?」
「私が出てからゆっくり食べて」
下だけで良いから、と、愛乃がボトムのウエストゴムに指をかける。
九ヶ月前まで恋人は疎か、意中の相手もいなかった真麻にしてみれば、度々愛乃が出す要求は、些か刺激が強すぎた。恋人と呼び合うより先に身体を重ねた彼女とは、付き合って何度目のデートでキスしただとか、今日こそ身体を求められるのではと甘酸っぱい緊張感を持って会いに行ったりだとかの行程は、もとより端折った関係だった。
…──私、好きな人のアソコの毛を持ち歩くのが夢だったの。