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理想というまやかし
第3章 嘆きの娼婦
目的地の消失した夢路へ引き戻してくれた男には、感謝している。
目指す先に三芳は待っていてくれなくても、あのステージで歌っていたから、真麻は愛乃を見つけてくれた。
彼女達と連絡を絶って、全てを放り出してきた愛乃は、明暗の区別もつかなかった頃に戻るため躍起になっていた。
一度知ってしまった安らぎは、なかったことにしてしまえない。自分以外の誰かに期待する優しさのを占めてしまえば、二度と自分の足だけでは立てなくなる。
それでも縋れるものを何一つ残さなかった愛乃は、どうにか日々を繋いでいた。貧困だけは一生無縁でいられそうなくらいの収入源、その日も欲望の匂いの充満した遊戯場に、あの男はやってきた。
結果だけ振り返ると、男は愛乃の接客を退けた。
かつてライブハウスで歌っていた二人組の少女達に執心していた一人のようで、多少印象は変わっても、愛乃にひと目で気づいたという。性欲を満たすことを断念して、わざわざ愛乃を指名して、説教を食らわせてきた奇特な客だ。
男の熱意も言葉も全く響いてこなかった。金だけ払って帰るつもりの、馬鹿な道化。
女ではなく個人として、自分を見てくれていた人間が目の前にいる喜びに心も動かなかったほど、愛乃の生気は尽きていた。ただ頭で言葉が理解出来るだけ、感情は全くついてこない。
それでも頭では理解したから、名前も訊かなかった男の何かしらの言葉が響いて、愛乃は再びマイクを握った。