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理想というまやかし
第3章 嘆きの娼婦

 愛乃は、今しがたまで真麻とりとがどんな話をしていたのだとか、今日仕事はどうだったのかだとか、それを訊ねたかっただけだ。


「真麻は大切な人よ。彼女のことは何でも知りたいし、私だって何でも知ってもらいたい。異常なんかじゃない」

「片っ端からスケジュールを管理したり、怪我させたり、そんな恋人は聞いたことないよ」

「貴女は……、そういう恋をしていないだけでしょ」

「そうかも知れない。でも、私は」


 謎めいた健全な憂いを落とす目元が、切なげに伏せた視線の先に、真麻を捉える。間近で見ると化粧は最低限にとどめているのに、目鼻立ちははっきりしていて陶磁のきめこまやかさを帯びた肌だ。りとの清らかな明るさが、いっそ真麻を照らしているようにも見える。

 真麻が微かに声を上げたのとほぼ同時、りとが彼女の腕を掴んだ。


「行こ、真麻」

「りと!やだっ、あっ……」


 ソファの肘掛けに一瞬引っかかりそうになった真麻が、りとに引っ張られて愛乃の脇をすり抜ける。

 待って、と、真麻の声が遠ざかっていく。

 はっとした時には、二人の姿はなかった。

 二人の声が、玄関口で揉めている。

 追いかければ引き留められるのに、何が起きているのか理解出来ない。いつかの三芳が上司を連れてきた時のフラッシュバックが、愛乃の視界をぐちゃぐちゃに乱す。

 もつれる足を引きずって、あちこちに捕まりながらようやく玄関に倒れ込んだ時には、閉まった扉が愛乃の行く手を隔たっていた。真麻からは、数分後、鍵を閉めておいて、と謝罪のLINEが入っただけだ。






第3章 嘆きの娼婦─完─
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