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理想というまやかし
第4章 哀傷の姫
駅近くのビジネスホテルの個室に入ると、愛乃に送ったLINEを取り消したい後悔が、いよいよ真麻を苛んできた。りとを振り払って引き返して、真麻が内側から鍵をかければ良かった。
近くの飲み屋は、この時間でも賑わっていた。
だのにホテルのフロントを抜けて、夜闇を封じたガラス窓がいやに冷たげなのを横目に通路を渡ってくると、真麻は気味悪いまでの無音に迷い込んでいた。
初めて羽根を広げた雛鳥の気持ちが分かる。
雛と違って、真麻はほんの数ヶ月前まで愛乃の存在も知らなかった。誰と共有しているのでもない時間にいるのが当たり前だったのに、今は足場をなくした心細さがつきまとう。
「りと。愛乃と私、至って良好な関係なんだ。家出しちゃったら明日から住むとこないんだけど」
「ついカッときて連れ出しちゃった。悪い」
「それ、ついやっちゃいましたって、重要参考人の常套句だよ」
「真麻を連れ出すための罪なら、何度だって犯してやるさ」
りとは、涼しい顔でクローゼットを物色していた。彼女が探していたのは寝間着だ。片手間に、よくもさらっと、そんな歯の浮いたことが言えたものだ。
自分の足で付いてきた手前、いつまでも被害者面を貼りつけているつもりはない。
真麻は、りとに責任転嫁したいだけだ。愛乃を一人にしてしまっている。何よりも真麻がどこかへいなくなることを怖れる彼女を、本当に置き去りにしてきてしまった。
りとの強引な行動が、本当は嬉しかったのに。
だから真麻は断念して、りとから寝間着を受け取った。先にシャワー浴びてくれば、と言う彼女の厚意に甘えるのも気が引けて、一番は譲る旨を伝えると、なら一緒に浴びようかと返ってきた。