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理想というまやかし
第4章 哀傷の姫
* * * * * * *
付いて行く、と言うりとの提案を辞退して、真麻は彼女を駅まで送った。日差しがやわらぐまであてもなく近辺をうろついて、遠目に愛乃が出かけたのを確認すると、一日振りの家に戻った。
バッグに、ハンカチと財布、スマートフォンを入れて、そして実家の鍵を取った。一端戻ったのはこのためだ。スマートフォンに電子マネーを入れていたから今まで手ぶらで過ごせていたが、母親と話しに行くためには鍵がいる。留守の場合もあるからだ。
リビングには、甘く官能的な女性らしい香りが残っていた。愛乃が愛用しているオードトワレは、とても有名なブランドの定番だが、真麻には彼女の香り以外の何物でもない。嗅覚を伝って、愛乃の欠片が真麻の中に流れ込む。胸がきゅん……と締めつけられた。
ここでの日々は、夢にまで見た、誰かに守られる日々だった。真麻の欲しかったものに満ちていた。
このままここに立っていれば、感傷が真麻を引きとめる。
はっとして玄関へ向かい、真麻は茜色差す住宅街へ飛び出した。
訪問を事前に伝えるほど、よそよそしい母娘ではない。
急に帰って驚かせよう、娘の帰宅を喜ぶだろうか。
純粋な悪戯心もあって、久し振りの電車と地下鉄を乗り継いだ真麻は、四ヶ月前に別れを告げた実家の最寄り駅に着いた。
途中にコンビニエンスストアがあるだけの、地元人からすれば退屈な田んぼ道を歩く足どりは、いつになく軽い。夜闇がもっと濃度を増せば、一般的な女の子なら、一人で歩くことに少し抵抗があるかも知れない。しかし真麻は、かつて母親が連れ込んでいた第三者達より現実的な外道を知らない。