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理想というまやかし
第4章 哀傷の姫
「おかーあさ──」
また男を連れ込んでいたらどうしよう。一抹の不安を否定して鍵を開けると、真麻は無邪気な娘の顔で、扉を開けた。
「娘だわっ、そんな、来るなんて今日は……」
いやに慌てた母親の声に、彼女の狼狽を証づけるような落ち着きない物音が続く。
誰か来ている。
ぞっとして足元を見下ろすと、しかし男物の靴はない。
「お母さん……?ただいまー」
聞くに耐えない声ではなかった。幼い頃から、娘として耳を塞ぎたくなる母親の声がどんな音色かは知っている。あの時の声ではなかった以上、少し覗くくらいなら、まだ信じて大丈夫だ。
覗かなければ良かった。外道な男の恋人の方が、ずっと良かった。
自分自身の愚かさを呪って、一連の行動、思考を後悔したのは、それから僅か数秒のちだ。
「りと……?何で……」
奥の部屋には、数時間前に別れたばかりの友人の姿があった。少女にも少年にも見える、玲瓏な皇子の佇まいをした彼女は、一度帰って着替えたのだろう、カジュアルなシャツとスラックスという格好に変わっている。
りとは、福井未沙、つまり真麻の母親と腕を絡めていた。絡めていた腕を、慌ててほどいたばかりの様子で、彼女も真麻に驚いていた。