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理想というまやかし
第4章 哀傷の姫
愛乃は真麻の憔悴ぶりに焦ったらしい。その場にバッグを下ろして真麻の両手を握り取り、まず座ろうと言ってリビングへ引っ張っていく。
紅茶をこれ以上飲んだらまたトイレが近くなるのに、愛乃の淹れてくれた何杯目かを遠慮出来るほど、真麻は彼女を不要としていなかった。
愛乃の手料理に、自ずと身体も飢えている。
苺の紅茶が、さっきまでとは比較にならないほど美味しい。
昨夜からの一部終始を愛乃に話すと、彼女は真麻を抱き寄せて、頬にキスした。
気の迷いでもりとの友情にほだされて、彼女の本意も見透かせないで、真麻と同じくして不実を恐れる愛乃を置いてけぼりにした。そんな真麻の薄情も、愚かさも、このお人好しの恋人は、一言も咎めようとしない。
「有り難う。愛乃、明日は仕事だったっけ」
「ううん。真麻は?」
「仕事」
「もう寝ないとね。待っててくれたの?ごめんね、遅くなって」
鼻先が今にも触れ合いそうだ。この至近から、愛乃の声が真麻に注ぐ。
この声に最初は脳天を撃ち抜かれて、近づけただけで奇跡だったのだ。
声を聞けるのも触れ合えるのも、当たり前になってしまうと、当たり前ではなかったことを忘れてしまう。未沙の真麻を愛する素振りも、当たり前に見られるものと、たかをくくっていた。母親がただの女だったことなんて、離れて暮らして記憶が美化されれば尚更、忘れるのも無理はない。
「愛乃」
真麻は愛乃の頬を両手に挟んで、淫らな衝動を抑え込む。
「愛乃は、どのくらい私を好き?」
「言ったじゃない。真麻のためなら何でもするって」
「一緒に睡眠薬飲んで、手首切ってくれるくらい……好き?」
愛乃しか見ていたくない。見ていたくないのに、真麻をとりまくものの中には、夾雑物が多すぎる。愛乃が嫌がれば、冗談だよと言って流すつもりだ。