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理想というまやかし
第4章 哀傷の姫





 愛乃は、真麻に彼女のあとを追わせなかった。
 もとより彼女の手首の裂傷は、致命傷にも至らなかった。

 真麻に剃刀を受け取る間際、温もりを帯びた指に触れて、彼女は我に返ったらしい。包帯で応急処置をして、真麻のスマートフォンからりとの連絡先を探した。

 未沙とりとは、真麻がLINEの既読も付けないのを心配して、深夜にマンションを出たという。りとの案内で真麻達の暮らす付近に到着したくらいに、愛乃から着信があった。真麻が睡眠薬を大量に飲んだ、自分も意識が保つか分からないから、もし職場にいるなら助けて、いないなら頼れそうな人に連絡して。愛乃はそれだけまくし立てると、電話を切ったらしい。

 りと達が駆けつけると、鍵は空いていた。玄関に愛乃が倒れていて、奥の部屋に真麻が眠っていたというのが、今しがた未沙とりとに聞かされた話だ。


 真麻は未沙達の呼んだ救急車に乗せられた。睡眠薬の量は知れていて、医者は必要な処置をしたあと、真麻を病室に寝かせたという。



「真麻。ごめんね、お母さんのせいでごめんね……」


 未沙は泣いて、怒ってまた泣いた。

 りとと深夜まで一緒にいたくせに。私が既読を付けなかったために、後ろ暗い時間を邪魔して悪かったわね、と皮肉をぶつけてやりたい思いに悪感を覚える。


「出て行って。愛乃はどこ?」

「真麻、未沙さんはあれからずっと心配して……」

「愛乃も無事?」


 彼女に会わせて。会えないなら目覚める必要なかった、何度でも彼女を追いかける。

 まるでとりあわない真麻に、りとが愛乃も別室で眠っていることを教えてくれた。ストレスと貧血が原因で、目覚めるまでもう少しかかるだろうことも。

 未沙は、もう真麻を叱らなかった。恋人と心中を図った娘にショックは受けたが、原因の多くは自分にある。まずは自分を省みる。そう言って、彼女らしからぬほど神妙な顔で、りとに聞いたらしいことに関して謝罪してきた。
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