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BeLoved. 【懐旧談】
第3章 代償
「他人のもの盗るってどんな気持ちなの?」
目の前の女は、開口一番そう言い放った。
『もう来ないから』──あれから3日。
休日の昼下がり。呼び出されたのは、駅裏のカフェ。
店内は、降り注ぐ陽の光の温もりで満たされてるのに。
この席だけ真冬みたく冷え切った空気に包まれていた。
目の前に座る女は、この世で一番会いたくなくて…
一番会いたかった相手。──彼の、『妻』だ。
彼はこの場にいない。
そばの公園で、子供と遊んでいるそうだ。
…私の娘は、家に独りぼっちでいるのに。
正面を切って一対一。
逃げも隠れもできない状況で見た彼女は
落ち着いた雰囲気の…普通の女性だった。
妻、は。何処か他人事のような
事務的な口調で、淡々と話を進める。
貴女の存在は以前から知っていた。娘のことも。
彼がどういう人間かを、理解している。
承知の上で受け入れ、付き合ってきた。
だから今まで何も言わなかった。
相手にする価値もなかったから。
だけどいい加減、目障りになってきた。……いや
平気な『フリ』をするのが辛くなってきた。と。
「…私の気持ちなんて、考えたこともないでしょ?」
視線が突き刺さる。
純愛でも悲恋でも叶わぬ想いでもなんでもない。
私と彼の関係は、どこまでいっても『不倫』。
私は『加害者』の片割れ。
「私と貴女どっちを取るのって、夫に選ばせたの」
彼は私の『彼氏』じゃない。
この女の『夫』で…この女の娘の『父親』。
彼の隣は、この女のもの。
紅茶のカップを傾ける、女の左手。
薬指に光る指輪が、なによりの証。
法律も世間も、...彼も、最後には『妻』を守るのだ。
すべての現実が、寝不足が続く頭を鈍く殴りつけた。
『妻』は続ける。
彼は伴侶としてはクズだけど、父親としては優秀。
だから離婚はしない。絶対に自由になんかしない。
貴女からの謝罪も、慰謝料もいらない。
手切れ金替わりの養育費は一括で渡す。
認知はしない。
母娘共々永遠に姿を見せるな。消えろ。
「何泣いてるの?泥棒のくせに」
出ない声の代わりに涙を流すことも許されない。
「…貴女、"愛された"ことないんでしょ」
妻…否、『勝者』が最後に私に向けたのは
「かわいそう」
嫉妬でも憎悪でもない。…哀れみだった。