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真紅の花嫁
第1章 深緑の美術館
「大丈夫ですか?」
「もちろん、なんでもないわよ。これくらいの傷」
胸が高鳴ったことを隠そうと、真波はわざとそっけなく言った。
いくら傷を癒すためといっても、いきなり異性の指先を咥えるのは、不躾がすぎる行為だろう。
おまけに、真波は亮よりひと回り近くも年上の、アルバイトに指示を与える立場の学芸員だ。
子供扱いされるような関係ではない。
けれど、若者の悪びれたふうもない顔を見ていると、ごく当たり前の出来事のようで、怒るのも大人げなく思えてくる。
かといって、礼を言うのもなんだかおかしい。
何もなかったことにして、次の展示物の点検に入ろうとしたら、亮のつぶやきが聞こえた。
「矢崎さんの血、甘い味がした」
少年は片頬を上げていた。
真波が見たこともない、不遜な笑みだった。
整った顔つきなだけに、嘲るような目つきは酷薄さが強調されて、ひどく禍々しかった。
ぞくり、と背筋に妖しい戦慄が駆け抜ける。