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濡れた視線(改定版)
第6章 蛍の求愛
『面白い言い方ね。医学を学んだ身として言わせて貰えば、一度精巣で生成された精子を放置していても、それは自然と躰に吸収されて戻るの。なので直接人体に与える影響は無いけど、男性器の生殖機能面からすると、余り芳しくないのよね。勇矢さん風に言い換えれば、常に循環させている水が腐らないのと一緒で、機能障害にならない為にも最低でも週に2回の射精は必要よ?男性の射精はデトックスと同じで、ストレスを貯め込みやすい成人には、可能な限り不可欠だから…』

(本気で心配してる…)『いゃ、勿論僕もオナニーに興じる事はありますから…』

『その時はちゃんと出せてるの?』 『も 勿論ですよ…』

『あっ!蝉の鳴き声、今年は早くないかしら…?』物々しい蝉の鳴き声が庭先から届き、簀戸越しに射し込む陽が蚊帳を透過し、たおやかな曲線を描く潤子の乳房にモアレ縞を映し出すと、その枝垂れた釣鐘型の乳房が、より一層艶めかしさを増していた…。

『勇矢さん、お腹すいて無い?』と、垣間見る寝室の壁時計が13:00を周ろうとすると、簡単に用意できるから。と、潤子は肌蹴させた浴衣の胸元を整え直し、腰をくねらせながらキッチンへと向かうと、勇矢はそんな潤子の後ろ姿を見つめながら、結果的にお互いが望んだ関係だと自分に言い聞かせ、貸主と貸借人という間柄から逸脱したこの関係を、これから始まろうとする未来に創造できないでいた…。

そんな塞いだ想いも大人げないと、潤子に脱がされ、畳の上に放置されたままのビキニショーツを穿き直すと、組敷かれたままの夏布団を定位置に畳み直し、剥ぎ取ったシーツ類を脱衣場へと持ち寄ると、自らその脱衣籠へ放り入れた…。と、その時、置き忘れにしていた携帯が脱衣場の棚の上で鳴動し、勇矢が手にしたその瞬間、突然途絶えていた。

(誰だろう?)携帯に記された留守電メッセージを再生すると、その主は井之頭公園で出会っ杉浦綾子という女子大生で、勇矢が購入した墨絵の額装が完成し、当人は夏季セミナーの受講で在廊出来ず、代わりに母親がギャラリーにいるので…と、残されていた。

(sensual artist 杉浦綾子さんね、やれやれ…)潤子に夢中になるあまり、すっかり忘れていた勇矢。

夏の陽光が浴室の窓から脱衣場とを隔てるガラス戸を眩く煌めかせ、いよいよ夏本番を感じさせる暑さに、勇矢の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
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