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Memory of Night 2
第37章 パンドラの箱

 桃華はおもむろに、工業用の刃物を手に取った。

「桃華……!」

 父が叫び、母は両手で口元を覆った。
 千鶴は工業の入口で姉の姿を見ていた。桃華が切ったのは、無造作に束ねただけの自分の髪だった。
 刃物も髪も投げ捨て、工場を出ていこうと踵を返した時。
 入り口に立つ千鶴に気付いた桃華は一瞬顔を曇らせた。早足に千鶴の方へ向かってくる。

「驚かせてごめん」

 すれ違い様、そう一言だけ告げた。
 その日桃華は夕飯に現れなかった。母に言われ様子を見に行くと、風呂場の電気が点いていた。覗くと髪を切っていた。浴室の小さい鏡の前で。工場内で雑な切り方をした髪を整えるためだろう。気付いた姉が振り返る。不揃いでも、変わらず姉の顔は美しかった。

「……ずいぶん切ったね、髪」

 耳まで出ている。今まで見た姉の髪型の中で、一番短髪だった。
 男みたいだね、という言葉を千鶴は飲み込んだ。

「ーー似合う?」

 問われ、千鶴は頷いた。

「かっこいいよ。夕飯できてるって」
「うん、先食ってて」

 会話はそれだけだった。歳が離れているせいもあり、桃華とはそこまで普段から話さない。話すことも特になかったからだ。
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