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Memory of Night 2
第40章 罪
千鶴は顔を伏せていた。姉の顔をまともに見られなかった。
雨足が強くなる。斜めに叩きつけてくる雨水が階段を濡らし始めていた。
「ーー千鶴には、そう見えてたんだ」
短い言葉に、千鶴は反射的に顔をあげた。
だが姉の顔が視界に入る前に、きつく抱きしめられていた。
地上に続く幅の狭い階段。千鶴より一段上に姉はいた。いつもより背の高い姉の腕は、千鶴の肩をしっかりと抱き寄せている。
「ーーごめん」
「……え?」
「あんたの話を何も聞かず、無理に連れ出そうとして」
千鶴は驚きに目をみはる。
「千鶴が幸せなら、それでいいんだ。あたしが口出すことじゃなかった。でもこれだけは約束しろ。もし何かあったら、すぐ呼べ。……いつでも迎えに来るから」
千鶴は何も言えなかった。酷い言葉を投げつけたのに、千鶴自身のことばかり気にかけている桃華に、千切れそうなほど胸が痛んだ。
「ーーどこにいてもあんたの幸せを願ってる。あの言葉は、嘘じゃないよ」
そのまま姉は千鶴の体から離れ、地上に向かって階段を上っていった。
千鶴は何も返せなかった。
ありがとうも、ごめんなさいも、あの日言えなかったおめでとうも。
自然と、涙が溢れていた。
嫉妬も、罪悪感も、同情も、姉を慕っていた頃の純粋な憧憬も、泥水のようにぐちゃぐちゃ混ざって踏み荒らしてしまった。桃華への気持ちは千鶴自身で消化するにはあまりにも複雑で大きすぎた。
千鶴はしばらくその場に立ち尽くしていた。
ーー桃華に会ったのはその日が最後だった。酷い言葉を投げつけた、あれが最後のやり取りになった。