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黒い瞳
第3章 淳子~6歳~
母が家に帰ってきたのは、
太陽が天体の真上にこようかという時間だった。
玄関から入ってくる母の姿を見つけると、
母の腰にしがみつき、
「おかあちゃん、おかあちゃん・・・」と泣き叫んだ。
母は「ふう~」と長いため息をつき、
「ごめんね」とつぶやいた。
ふと、いつものアルコールとタバコの臭いでなく、 石鹸のいい香りが母から匂い発つのを淳子は感じた。
翌日、いつものように早めの夕食を取っているとき、
母が淳子に語り始めた。
「ねえ、淳子。淳子は、お父さん欲しくない?」
「お・と・う・さ・ん?」
物心がついてから
初めて発する母以外の家族の呼び名・・・
戸惑う淳子を尻目に
「いつまでも、お母さんとふたりだけの生活をする訳にはいかないじゃない。
来年からは小学校なんだしさ、
ほら、運動会とかさ、お父さんがいないと寂しいじゃない」
いつもの話し方でなく、
やけに活き活きと目を輝かせながら母は淳子に話し続けた。
「今度の土曜日、うーん、どう言えばいいかなあ・・・
あとひとつ、ふたつ、みっつ、お寝んねしたあと、 淳子のお父さんになってもいいよっていうおじさんがね、
この家に泊まりに来るの・・・ それでね・・・、そのおじさんに、 淳子がいい子だねって思われるように、淳子にがんばってほしいの。
ううん、淳子がいけない子ってわけじゃないのよ。 ただ、いつもより、もっと、もっとお利口さんになってもらいたいの・・・できるよね?」
早口で嬉しそうに話す母に戸惑いながらも、
よくわからなかったが「うん」とうなづいた。
それからの3日間、
実に母は楽しそうに土曜を待ちわびた。