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胡蝶の夢
第6章 腐蝕
無言の彼女にイライラする。
扉の向こう側の彼女を想像する度に奥歯に力がこもる。
努力せずとも誰かが自分を引き立ててくれる。
そう思っているのだろうか?
まるで僕の妹の様に…。
女ということもあってか、父は妹にだけは甘かった。
でれりと腑抜けた横顔によく愕然としたものだ。
まるで同じ者とは思えない。
僕たちに向けられていた冷めた様な厳しい眼差しはドロリと蕩け、引き結ばれていた口は緩み、寒気さえ感じる優しい声色で囁く。
あまりの扱いの差に辟易としたものだった。
必死に自己主張する僕が何だか間抜けのようだ。
二人の兄と競い、父の目に留るためと努力したところで、なんの結果も得られなかった。
褒められるのはいつも二人の兄たち。
唯一自分に優れた音楽を極めても、父にとってそれは価値の無いものであった様だ。
ただ一言。
寒い冬のある日、僕の演奏を聴いて父が洩らした「素晴らしい」の一言。
それだけを頼りにピアノを頑張ったところで、結果今のこのざまだ。
僕の主張は父には届かず、兄よりも妹よりも不必要だった僕はその存在を消された。
人の価値の無い奴隷として。
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