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それが運命の恋ならば
第1章 出逢い
「…凪子様、お待ち申し上げておりました。
どうぞ、お上がり下さい…」

春だと言うのに寒々しいまでに広々とした、そして仄かに白檀の香が薫きしめられた玄関で三つ指を着き、出迎えてくれたのは七十絡みの老女だった。
黒地の紬は大層仕立ての良いもので、一瞬その老女の立場が分かりかねた。

凪子の心を読むように、老女は低い声で口上を述べた。

「…一之瀬様の家内一切を取り仕切らせていただいております家政婦のトキと申します。
どうぞお見知り置きを」

凪子は慌てて頭を下げた。
「麻乃凪子と申します。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

「…麻乃…?
…そうですか…」
なぜかトキはやや不可思議な表情をした。
けれどすぐにその面高で剣の目立つ表情を更に引き締め、凪子を見上げた。

「凪子様。
貴女様はこれから李人様の奥方様になられるお方です。
使用人に頭を下げる必要はございません」
謙遜されたのに叱られたかのような感情に襲われ、凪子は肩を縮めた。

「…申し訳ありません…」
それに対し、トキはもう何も言わなかった。

「旦那様が書斎でお待ちです。
…どうぞこちらへ…」
胡桃色の廊下の床は見事に磨き込まれていて、凪子の脚が映りそうだ。
薄いストッキングに包まれた脚先はひんやりとした床の温度に震えが走った。

春物の撫子色のワンピースにクリーム色のジャケット…。
凪子の唯一の外出着だ。

…こんな格好で…本当に良かったのかしら…。

『一之瀬様からは、なんも持たずにお越し下さいとのことや。
…あちらはお金持ちさんや。
安もんの着物持っていっても、却って恥かくだけやろ。
ほんまに要るもんだけ持ち』
庵主に言われ、下着と当座の着替えや身の回りのもの…大切にしている日記帳、小さなアルバム、僅かな化粧品しか持たなかった。
…そして、幼い頃から肌身離さず付けているカメオのペンダント以外は、大切なものはさしてないのだ。

…こんな姿で…李人様に呆れられないかしら…。

昔、庵主の付き添いで訪れた、東本願寺の母屋のような広い廊下を渡りながら、不安が沸き起こる。

…でも…考えても仕方ないわ。
これがありのままの私だもの。

…ありのままの私を、受け入れていただけなかったら、それまでのことだわ…。

凪子は頭を一振りし、真っ直ぐ前を向き、トキのあとをしっかりとした足取りで進んでいった。
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