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それが運命の恋ならば
第1章 出逢い
「…凪子さん。
遠くからよく来てくださいました。
お待ち申し上げておりましたよ」
李人の開口一番は、優しいねぎらいの言葉だった。

…仄かに伽羅の香が漂う上等な無地墨色の大島紬と黒羽織に身を包んだ李人は、端正な美貌と相まって近寄り難いほどに神々しい。
けれど、その美しい眼差しは驚くほどに優しく温かかった。

「…李人様…」
…こんなにも美しく、すべてを兼ね備えたような成熟した男性が、本当に自分の夫となるのだろうか…。
凪子は俄には信じられなかった。
それに…
ほかにも不安なことがある。

…私は、この方のことを何も知らない…。

「…凪子さん…」
黒曜石の色の瞳が、優しく凪子を見下ろす。
「…怒っていらっしゃいますか?」
「…え?」
「私が非常識な方法で貴女を妻に迎えようとしたからです。
さぞや腹立たしく、不安でいらしたでしょうね」
高貴な面差しに済まなそうな表情が浮かんだ。
「…いいえ。怒ってなどいません」
…けれど…
と、遠慮勝ちに続ける。

「…私のことを…李人様は本当にご存知でしょうか…?」
…孤児だということ。
ずっと尼寺で育ち、世間知らずな上に学歴も碌にないこと。
そんな自分を、なぜ…?

凪子の心の中を見透すかの如く、李人は穏やかに続けた。
「凪子さんのことは、すべて承知しておりますよ。
庵主様に何もかもお伺いしております。
…以前、貴女を嵯峨野の本寺のお茶席でお見かけしたことがありましてね。
…一目惚れです」
男は眼を細め、微笑った。

…嵯峨野の本寺…。
たしかに庵主の助手として、幾度か接待のお手伝いには行ったことがある。
…けれど、その席に李人はいなかったのではないか…。
こんなにも美しい男なら、印象に残らないはずはないからだ。

ふと浮かんだ疑問を掻き消すかのように、李人は自然な動作で凪子の手を取った。

…初めて触れる男の手は、大きく温かく、しなやかであった。

「…あ…」
びくりと手を振るわせる凪子を怖がらせないように、李人は甘やかな声で囁いた。
「…貴女のことがどうしても忘れられなくて、庵主様にお願いをいたしました。
貴女をぜひ私の妻に迎えたいと。
もちろん、貴女の出生は何もかも存じております。
貴女の過去ごと、私は愛したい。
…いえ、愛させてください」


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