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それが運命の恋ならば
第5章 真実の口
披露宴の当日は雲ひとつない晴天だった。
屋敷の支度室の窓からは、春の柔らかな水色の空が、どこまでも広がっているのが見えた。
…潮の香りが微かにする…。
それは近頃では凪子に温かな安心感を与える香りだった。

「さあ、奥様。お支度が整いましたよ。
…まあ…。なんてお美しいこと…!」
普段厳しいトキが珍しく高揚したような声を上げた。

…大きな姿見には白いフランスレースの裾の長いドレスに身を包んだ凪子の姿が映し出されている。
これは、李人の母がこの家に嫁いできた時のウェディングドレスをアフタヌーンドレスにアレンジしたものだそうだ。
神戸でブライダルドレスを手掛けるベルギー人のデザイナーに依頼したというそれは、クラシカルな中に若々しさと瑞々しさを表現した上品かつ洗練されたデザインであった。

凪子の美しく艶やかな黒髪は清楚に結い上げられ、その耳元には柔らかなシュガーピンク色の大輪の薔薇が飾られている。
それは先ほど李人がわざわざ持ってきたものだ。
「コンテ・ドゥ・シャンボールという薔薇です。
母が好きだった薔薇でね…。
この薔薇だけは私が母が残した薔薇園で育てているのですよ」
そう言って、優しく凪子の耳元に飾ってくれたのだ。
ふわりと薫り高い薔薇の香が凪子を包み込んだ。

「…ブルボン王朝最後の王になるはずだったシャンボール伯爵に捧げられた薔薇だそうです。
シャンボール伯爵は王政復古の夢叶わず、一貴族として生涯を終えました。
けれど彼は最後まで己れの出自の王としての誇りと矜持を忘れず信念を抱き続けたそうです。
そのことに対して、オマージュとして捧げられた薔薇なのでしょう。
…なぜ、そんな由来の薔薇を母が大切にしていたのか、よく分からないのですが…」
微かに哀しげな微笑みを浮かべた。
凪子は李人の気持ちを引き立てたくて、微笑み返した。
「…美しい薔薇ですわ…。
薫りもとても良いのですね」
李人は優しく髪を撫でた。
「ダマスクの薫りですね。
…美しいひとが飾ると尚更芳しく感じます」

そう言って、凪子の白く清らかな額にそっとキスを落とした。

…背後で凪子のドレスのリボンを直していたトキが、聞こえよがしに咳払いをする。

二人は眼を合わせ、小さく笑った。

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