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それが運命の恋ならば
第1章 出逢い
母屋の先、渡り廊下を通ったのちに辿り着いた真新しい離れが、李人と凪子の新居だった。
どうやら、その家屋は最近増築されたらしく、新しい樹の香りがした。
書院造りのその離れは、京都の名だたる旧家でもあまり見たことがないほどに手の込んだ意匠が施されていた。

十畳ほどの和室には、既に凪子の着替えが用意されていた。
…見事に美しい枝垂れ桜が描かれた綸子縮緬の大振り袖は、着物には多少明るい凪子ですら、息を呑むほどに贅の限りを尽くしたものだった。

…しつけ糸がまだ着いていたそれは、もちろん新品なのだが、柄の古風さや染めや織りの重厚さから、かなりの年代物のように見えた。

…そう。まるで、誰かのために誂えたようなものに思えたのだ。

けれど、旧家には袖を通していない着物がたくさんあることは、普通である。
京都の富豪の蔵には新品で高価な着物がそれこそ箪笥の肥やしになっていると聞いたこともある。

…きっと、李人様のお母様やお祖母様のお持ちになっていたものだわ。

そんな歴史ある着物を着せてもらえることに、凪子は喜びを感じた。

金糸銀糸が織り込まれた緞子の帯を結び終えたトキが凪子を見つめ、初めて微かに表情を和らげた。

「…大変お美しいです。
よくお似合いでいらっしゃいます」

厳格で取っ付きにくそうなトキに褒められ、凪子はほっとした。

「…ありがとうございます…」

嬉しくて、思わず尋ねた。
「あの…。このお着物は、もしかして李人様のお母様のものでしょうか?」

帯揚げを直すトキの手が止まる。

「…いいえ。違います」

誰のものとは言わずに、そのまま凪子に背を向けた。

「…あの…。
李人様のご両親は…」
李人の年齢なら恐らくはまだ存命の筈だ。
どのように挨拶したら良いか、尋ねたかったのだ。

トキは脚を止め、ゆっくりと凪子を振り返る。
…その瞳は、たじろぐほどに冷ややかだった。

「…ご両親とも、とうにお亡くなりになりました」

そのまま行こうとして、再び立ち止まる。
「…凪子様」
「は、はい…」

トキは振り返らぬまま、独り言のように低い声で呟いた。

「…こちらにお嫁ぎになられたら、無用のご詮索はなさらない方が御身の為でございますよ…」

…そうして、そのまま部屋を後にしたのだった。



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