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第5章 真実の口

「…怖いな。
何が始まるのかな？いとには全てを知られているからね。
私の小さな頃のイタズラ話かな？
池で泳いで叱られたことかな？
…それとも…」
李人はやや芝居掛かった様子で笑った。

「…高遠様のお話でございます」
静かだが、凛とした声が響いた。

李人の美しい横貌がぴくりと震えた。

「高遠様と…亡くなられた奥様…雪乃様のお話でございます」
「よさないか」
鋭い声が飛び、凪子はびくりと身体を震わせた。
…すまない…。
紳士らしく、李人はすぐさま凪子に詫びる。

李人は自分の乱れた気持ち落ち着かせるように息を吐き、努めて冷静に話そうとする。
「なぜ披露宴の夜にそんな話を？
いとはそんなに常識はずれな人間だったの？」

いとが苦しげに眉を寄せ、深々と頭を下げる。
「どうかお許し下さい。
李人様はこのいとにとって、我が子のように…いいえ、それ以上に可愛い大切なお方でございます。
李人様のことは、いとが命懸けでお守りし、お育てしてまいりました。
そんな李人様には凪子様とどうか一点の曇りもなくお幸せになっていただきたい…。
ただその願いのみでございます」

「だったらそれ以上語るな」
苛立ったような李人の声が大客間に響き渡る。
こんな…乱暴な話し方をする李人を見るのは初めてだ。
…一体、これから何が起ころうとしているのか…。
凪子は息を詰める。

「…高遠泰彦氏は、私の母に乱暴を働き、それだけでは飽き足らずに長い年月、関係を強いた。
そのせいで、両親の夫婦仲は歪んでしまった。
私のことも父は最初、自分の子ではないと疑っていた。
彼は一つの家庭をめちゃくちゃにしたのだ。
…それを今更蒸し返してどうしようと言うのだ」

「違うのです」
いとが低い声で告げた。

「何？」
「高遠様は、雪乃様に乱暴など働いてはいらっしゃいません」
「何を言っている」
「…高遠様と雪乃様は…愛し合っておられたのでございます。
心の底から…。
…お二人は、かつて恋人同士でいらしたのです」

大客間は水を打ったようにしんと静まり返った。