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それが運命の恋ならば
第8章 その薔薇の名前は 〜千晴の告白〜
「…体調が良いとき、母はいつもここに来ていました。
温室が…この薔薇たちが大好きで、何時間も眺めていました。
…特にこの薔薇…ガブリエルが大好きでした。
ガブリエルを一年中咲かせるように、熱心に庭師に指示を出したほどです」

千晴は立ち上がり、白い薔薇に手を伸ばす。
仄かに蒼を秘めた高貴な白い薔薇…。
儚げな花影と、その馨しい薫りまでも、母を彷彿させる薔薇だった。

「…とても綺麗な薔薇だわ…」
紫織もゆっくりと立ち上がり、薔薇にその美しい貌を寄せる。

「…素敵なお母様ね…」
紫織の言葉に、千晴は微かに寂しげな貌をする。
「…どうかな…。
今となっては、聖母マリア様みたいに美化して思い描いているけれど、実際は世間しらずで幼くて弱々しい…退屈なひとだったのかもしれない…。
父はそんな母に愛想を尽かしたのかも」

…『お前の母様と一緒にいると、自分まで檻の中に閉じ込められたような気がする。
薄情な父親を憎んでくれても構わない。
俺は人生を取り戻したいんだ』…
そう言って、父親は病弱な妻を、まだ幼い息子を、この屋敷を捨て去り、南の島へ逃げたのだ。

何を身勝手なことを。
母親とともに、古く因習に満ちたこの家に取り残される息子を気に掛けることもしないで。

父親を思うと、苦々しい感情に支配される。


父は陽気で軽薄な…けれど眼を見張るような美貌の持ち主だった。
母は父を愛していた。
最後まで、父を待ち続けた。
若い愛人と逃げた最低の夫を。
待ち続けながら、亡くなったのだ…。

…なんて愚かな、哀れな、惨めな…

けれど…

その時、静かだが凛とした声が聞こえた。
「他人がどう思おうと、関係ないわ。
千晴様にとってのお母様がすべてだわ。
…そして、それが真実なのよ」

…けれど…

千晴の心を覆いた暗く澱んだ澱が、優しくゆっくりと溶かされてゆく。

…けれど、美しく、愛おしい母…。

「…ありがとう…」
小さく呟くと紫織は美しい目元を細め、千晴に微笑んだ。
…官能的な花蜜の薫りがしっとりと纏わりつく。
胸が甘く狂おしく、締めつけられる。
初めての感情に戸惑い、高揚する。

…それが恋だと気づくのに、さほど時間はかからなかった。



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