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それが運命の恋ならば
第8章 その薔薇の名前は 〜千晴の告白〜
「…今度は貴女の話が聞きたいです」
「私の?」
それが癖なのか、紫織は長く濃い睫毛を瞬いた。
「はい」
…このひとのことならなんでも知りたい。 
なんでも。すべてを。

「…私の何を知りたいの?」
…微かに艶めいた声が笑っていた。
どこか性的なニュアンスを感じ取り、千晴は慌てて咳払いした。

「あの、政彦兄さんとはどうやって知り合われたのですか?」
…あの堅物の政彦と、こんなにも美しく、魅惑的なひとが…、
羨ましくも妬ましい。

「…私がお手伝いしていた香道教室にたまたまいらして…それからはお見合いみたいなものかしら?」
紫織がさらりと答える。

…きっと、政彦兄さんが紫織さんに一目惚れしたんだな。

政彦はインテリだしエリートバンカーだし品の良い青年だ。
紫織もそんなところに惹かれたのだろうか…。

「…それで政彦兄さんを好きになったの?」
千晴の直球の質問に、紫織は一瞬、虚を突かれたように大きな瞳を見開き…やがて、はっとするような寂寥感に満ちた笑みを浮かべた。

「…そうね…。
優しくて知的で真面目で紳士で…。
家柄も素晴らしい。
縁談を紹介した方は、こんなに良い方はいらっしゃらないって仰っていたわ。
確かにそう。
政彦さんはとても立派な方だわ」
温室の天井を見上げながら、まるで他人ごとのように呟いた。

…そして、ややあって…

「…私ね、昔、とても愛しているひとがいたの。
けれどそのひととは結ばれなかった。
身も心も引き裂かれるように苦しかった。
そのひとで、私の恋はもうお終い…。
…だから、そのひと以外なら誰でも一緒…。
…誰でも良かったの…」

情のない冷たい言葉に千晴は息を呑んだ。

紫織が詫びるように…けれど密かに妖艶な色を浮かべ、微笑んだ。

「…私、悪い女なの…」

…ごめんなさいね…。

ガブリエルの花弁が、微かに揺れた。


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