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それが運命の恋ならば
第9章 その薔薇の名前は 〜ローズガーデンの恋人たち〜
小客間に入るや否や、李人は深々と頭を下げた。
「…申し訳ありません。
高遠氏と聞いたので一瞬、まさかとは思いましたが、泰彦氏のお住まいの場所ではなかったので、全く別の方かと…。
本当に失礼いたしました」

余りに他人行儀な言葉と態度に、凪子は心寂しく思う。
「いいえ、そんな…。
お謝りにならないでください。
李人様は悪くありません」
頭を上げた李人と眼が合う。

…こんなに近くで向かい合うのは、一之瀬家を出て以来だ。
懐かしさと恋しさで、胸が苦しくなる。

凪子は懸命に笑顔を作る。
「…千晴様は私の従兄弟に当たる方なのです。
それからお父様…父の第一後継者でもいらっしゃいます」

李人が凪子をじっと見つめる。
その端正な貌に薄く寂しげな笑みを浮かべた。
「…ああ…。
貴女は本当に高遠家の御令嬢になられたのですね…。
…もう、私とは縁もゆかりもない遥か遠いところに行かれた…」

「そんな…。私は変わっていません」

…私は今も…
そう続けようとした刹那、李人が凪子を見つめたまま、重々しく口を開いた。
「…私は貴女に謝らなくてはならない…。
私は最初から最後まで、貴女を苦しめ、傷つけた…。
貴女の心と身体を踏み躙り、弄んだ、
すべては、母の仇を取るためだっだ。
…けれど、母は…私が思っている母ではなかった…。
私の歪んだ母への愛ゆえに、貴女の運命まで歪ませてしまったのです。
本当に…最低の卑劣な男です。
こうして貴女の前に現れることすら、許されない…罪深い男です」

「…李人様…」
…たしかに、そうだったのかも知れない。
最初は、そうだった…。
自分が復讐の道具にされ、辱められ、否応なく歪んだ背徳の快楽を与えられた…。
そして、李人により身体を変えられ、恥辱に満ちた淫靡な悦楽を覚えてしまったことに悩み、苦しんだ。

…けれど…。

凪子は李人を毅然と見上げる。

「…けれど、私はそんな李人様を愛していたのです」

…いいえ…
凪子は首を振る。

「今も…。
貴方を愛しているのです」

「…凪子…!」
驚きに満ちた表情…そして、その唇から零れ落ちたのは、以前の呼び方であった。


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