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それが運命の恋ならば
第11章 ふたつの月
「…禅さん…」
思わず椅子から立ち上がる凪子に、禅はその場で深々と一礼をした。

「…お帰りなさいませ。
…奥様…」
低く抑揚の効いた声が、闇の中に響き渡る。
月明かりと、月見台に小さく灯された雪洞の灯りが、男の彫りの深い貌を仄かに照らし出す。

…禅は黒い着流し姿だった。
艶やかな黒髪は後ろに束ねられ…さながら風雅で野性味を秘めた若侍のようだ。

そうだった…。禅は夜はいつも和服だったと、遠い記憶が甦る。
懐かしいその姿に、凪子は胸が締め付けられらるようだった。

「…ただいま…帰りました…」

小さな掠れた凪子の声に、禅は微かに微笑んだようだ。

「…旅館の庭木の植え替えに立ち会っていましたので、ご挨拶が遅くなりました。
お出迎えできませんで、申し訳ありませんでした」

丁重に頭を下げる禅に首を振る。
「いいえ、そんなこと…」

暗がりの中、二人の眼が合う。

…話したいのは…こんなことではない…。
同じ想いが、その眼差しから伝わり来る。

「…奥様…!」
低くくぐもるような中に、抑え切れない熱情が滲み出るような声であった。
禅が凪子の前に歩み寄る。

凪子は咄嗟に、後退りする。
抑えきれぬ想いを押し殺し、震える桜色の口唇を開く。

「…私…。
禅さんにお詫びしなくてはなりません…」





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