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それが運命の恋ならば
第1章 出逢い
「…李人様…」
思わず、その名を呟く。
「はい。
朝から、皆様慌ただしくお迎えのご準備に追われておられますよ。
李人様も珍しく、お屋敷に詰められていて…」
…李人様…。
まだ、一度しかきちんとお会いしたことはない。
それも本当に短い時間だ。
尼寺の茶室でお茶を点てて、一言二言言葉を交わしたのみだ。
…それで…
「一之瀬様にお仕えしているものも、皆んな凪子様の噂をしとったですよ。
あの李人様が見初められてお嫁様になられるお方は、どんなお方じゃろうかって。
さぞやお美しいお方じゃろうなあって言っておったら…」
…バックミラー越しに運転手と視線が合う。
運転手は再び眩しげな眼差しをした。
「想像以上に…いや、まるで天女様みたいな、魂が飛び出てしまうようなお美しい方ですなあ…」
…ほんに、李人様に相応しいお方ですわなあ…。
感嘆したように無邪気に運転手は首を振った。
「…そんな…私は…」
運転手の手放しの賛美に思わず眼を伏せる。
…あの方の…お嫁様になる…。
茶室での、李人の面影が甦る。
…あの日、厨で片付けものをしていた凪子を、庵主が慌てて呼びに来たのだ。
『凪子さん、あんた早ようお着物に着替えて、茶室でお薄を点てておくれやす』
こうも言った。
『あんた、今いらしているお客様は大切なお方や。
粗相があったら許されへんよ』
普段から厳しい庵主に更にきつく釘を刺され、凪子は怯えた。
『あの…。庵主様…。
お客様は、どなたさんですの?』
おずおず尋ねると、ぴしゃりと遮られた。
『どこのどなたさんでもよろしいやろ。
あんたが余計な詮索をせんでもええ。
ええか?
あんたがお客様のご機嫌を損ねたら、この尼寺は立ち行かなくなるのやさかい、気ィ引き締めてご接待するんや。ええな』
去り際、庵主はちらりと凪子を見遣り、言い添えた。
『お客様は若い男性や。
…あんた、一番上等なお着物をお召しやす。
ああ、あれがええな。
桜色の紋意匠縮緬の色無地に、枝垂れ桜の花熨斗文を染めた塩瀬羽二重の帯や。
薄化粧もしいや』
…その鋭い眼差しの中にある薄い笑みは、まるで遊郭の女将が遊女を値踏みするような…あまりに露骨なものであった。
思わず、その名を呟く。
「はい。
朝から、皆様慌ただしくお迎えのご準備に追われておられますよ。
李人様も珍しく、お屋敷に詰められていて…」
…李人様…。
まだ、一度しかきちんとお会いしたことはない。
それも本当に短い時間だ。
尼寺の茶室でお茶を点てて、一言二言言葉を交わしたのみだ。
…それで…
「一之瀬様にお仕えしているものも、皆んな凪子様の噂をしとったですよ。
あの李人様が見初められてお嫁様になられるお方は、どんなお方じゃろうかって。
さぞやお美しいお方じゃろうなあって言っておったら…」
…バックミラー越しに運転手と視線が合う。
運転手は再び眩しげな眼差しをした。
「想像以上に…いや、まるで天女様みたいな、魂が飛び出てしまうようなお美しい方ですなあ…」
…ほんに、李人様に相応しいお方ですわなあ…。
感嘆したように無邪気に運転手は首を振った。
「…そんな…私は…」
運転手の手放しの賛美に思わず眼を伏せる。
…あの方の…お嫁様になる…。
茶室での、李人の面影が甦る。
…あの日、厨で片付けものをしていた凪子を、庵主が慌てて呼びに来たのだ。
『凪子さん、あんた早ようお着物に着替えて、茶室でお薄を点てておくれやす』
こうも言った。
『あんた、今いらしているお客様は大切なお方や。
粗相があったら許されへんよ』
普段から厳しい庵主に更にきつく釘を刺され、凪子は怯えた。
『あの…。庵主様…。
お客様は、どなたさんですの?』
おずおず尋ねると、ぴしゃりと遮られた。
『どこのどなたさんでもよろしいやろ。
あんたが余計な詮索をせんでもええ。
ええか?
あんたがお客様のご機嫌を損ねたら、この尼寺は立ち行かなくなるのやさかい、気ィ引き締めてご接待するんや。ええな』
去り際、庵主はちらりと凪子を見遣り、言い添えた。
『お客様は若い男性や。
…あんた、一番上等なお着物をお召しやす。
ああ、あれがええな。
桜色の紋意匠縮緬の色無地に、枝垂れ桜の花熨斗文を染めた塩瀬羽二重の帯や。
薄化粧もしいや』
…その鋭い眼差しの中にある薄い笑みは、まるで遊郭の女将が遊女を値踏みするような…あまりに露骨なものであった。