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それが運命の恋ならば
第3章 愛と哀しみの夜明け
「へえ!兄貴がねえ」
桃馬は庭の月見台の椅子に腰掛け、驚いたような声を上げた。
「意外に物分かり良いんだな」
ガムを膨らまし、割ってみせる。
桃馬は相変わらず着崩した制服姿だ。
…授業もどうやらサボり、帰宅したらしい。

「…あの…もしかして…桃馬さんが言ってくださったのですか?
お勉強のこと…」
遠慮勝ちに尋ねてみる。
「俺が?」
桃馬はくすりと笑った。
金の髪をさらりと掻き上げ、ウィンクを投げる。
ややあどけないけれど、大層美しい貌立ちなので、学校の女子には人気があるのではないかと、凪子は密かに思った。

「別に〜い。
俺はただ、兄貴に凪子ちゃんと何してたんだってしつこく聞かれたから、凪子ちゃんが俺に勉強教えてくれたって言っただけ。
…凪子ちゃんがすんげ〜頭良くて、説明とか分かりやすくて…あと、すごく楽しそうに問題解いてた…て言っただけだよ」

「…そう…ですか…」
今朝の李人の表情を思い浮かべる。
…慈愛に満ちた、とても優しい表情だった。
しかも、凪子に家庭教師まで付けてくれると言った。
憎んでいる相手にわざわざそんな親切なことをするだろうか?
李人の言葉は、本当に優しく思いやりに満ちていた。

だから凪子は益々解らなくなるのだ。

…あれが、李人様の本来のお姿なのではないかしら…。
そう信じたいほどに、凪子は感動し、嬉しかったのだ。

「…あれから凪子ちゃん、兄貴に酷いことされてない?」
桃馬の気遣わしげな声に、我に帰る。

「…は、はい。大丈夫です」
…桃馬には初夜の話はもちろん打ち明けてはいない。
だから、凪子が何に衝撃を受けていたのか、本当のところは理解してはいないはずだ。
けれど、凪子ですらあの夜のことは幻だったのではないかと疑うほどに李人は優しく、紳士なのだ。

「そ、なら良かった。
何かあったら、すぐに俺に言えよ。
…俺はさ…凪子ちゃんが…」

やや緊張した面持ちで言いかけた刹那、庭の奥の楓の東屋の陰から、大柄の男が姿を現した。

凪子はその男の貌を見上げ、思わず表情を凍りつかせた。


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