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秘匿の闇市〜Midnight〜
第5章 禁じられた二人
* * * * * * *
生まれた時から死ぬ瞬間まで、一度も幸福にありつけない人間などいない。
おそらく彩月は幼い内から、父の隆に、そうした思想を刷り込まれていた。
いつ何どきも、あの父親は明るく楽観的だった。
彩月が慎ましくも笑顔の絶えない家庭にいたのは、隆の人となりがあってのことだった。
そうした隆の背中を見て信じてきた自分自身を、三年前、酷く呪った。
見るからに由緒ある家柄の、しっかりした身なりをした、上品な顔つきの婦人だった。歳のほどは、佳子より片手で数えられるくらい上だ。ただし彼女ほど奔放ではなく、深い悲しみを感じさせる目でもなかった。
…──貴女はあの人とは無縁です。わたくしとも。言いがかりはおやめになって。
それが、初めて顔を合わせた祖母が彩月に与えた言葉だった。
…──もし今日のことは忘れて下さると言うのなら、隆さん、お金にお困りなんでしょう。もう関わらないという条件で、援助はします。
彩月が祖母に会ったのは、佳子の提案だった。隆が、もしかすれば今でも愛しているかも知れない彩月の母親を懐かしんだというよりは、主人になったばかりの女の言葉に動かされたのだ。
しかし、顔も覚えていない母親の産みの女は、孫に命を絶つよう望んだ。娘は今、幸せな家庭を築いている。よその男との間に子供を作ったなどという事実が漏れれば、家の名前にも傷がつく──…と。