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秘匿の闇市〜Midnight〜
第6章 欠陥していく彼女
「ご無沙汰しています」
「はて……君は……」
「お忘れなら結構です、お引き取り下さい。ここには、小松原さんと同じお悩みをお持ちのご婦人もいらっしゃるかも知れません。お客様が不愉快な思いをされます」
「ハンッ、客だと。笑わせるな。気の狂った悪友だ。お前も少しは恥を知れ。ここでいくら稼ぐ気だ。人様の目の届かない島へでも行くと誓えば、今日にでも金をやるぞ」
「お金の方は、間に合っています。ただ、それだけ親身になって下さるおつもりでしたら、あの件を公表して良ろしいでしょうか。小松原さんのお側にいることが望みですから、それを禁じられてしまえば、黙っていても仕方ないですし」
横柄な男の顔が、引き攣った。日頃から面識があるとは思い難い、佳子の客達まで一目置いているはずの小松原氏が、瞬く間に余裕を失くしたのが分かった。
二言三言、何か口にした小松原氏は、舌打ちしながら座席に戻った。白髪頭の主人に恭しく侍っていた運転手が、車のドアを閉めながら、佳子に非難の目を向けている。
やがて車が森に消えると、女達から緊張した気配が抜けた。甘辛い春の風が、彼女達を慰めるようにして吹き抜けていく。
「少し休んでくるわ」
「ご一緒します」
彩月が佳子を支えて屋敷に戻ったのと入れ替わりに、美影が女達の輪を抜けてきて、あさひの身なりを整えた。
館の主人が席を外したあと、すっかり興醒めした女達は、花見とはすこぶる無関係な話題で持ちきりになった。
佳子ら父娘に興味はない。他愛ない話題を楽しんでいる。
表向き誰もがそうした顔を装って、おりふしあさひの耳に触れるのは、今しがたの父娘の噂話や推測ばかりだ。