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秘匿の闇市〜Midnight〜
第6章 欠陥していく彼女
「薬を下さい」
それが聞き入れられないなら、今後は男を相手にしたくない。
鉄格子を握り締めて、あさひはへたり込んでいた。
説明つかない嫌悪感があさひを追い立てて、懇願させる。口から出る理屈のどれもが、あさひの胸の内を全く代弁出来ていない。
言葉が、姫猫達の嫌う上品で善良な人間らしいものばかりだからだ。
拒絶は男に限らない。あさひは自分自身を誤解していた。育江の語る幸福が、誰にも当て嵌まるものだと、自身に暗示をかけていた。
「いつから、貴女は選ぶ権利を持ったの」
ぞっとするほど冷たい声が、あさひの耳を凍らせた。
まるで独裁者の目をした佳子を、あさひは春先にも見たことがある。桜景色を背負う彼女は、悲しみに暮れていた。
「小松原さん!」
「っ、……。彩月……」
あさひが佳子の肩越しを見ると、彩月の目が、主人を鋭く咎めていた。彼女が、あさひの要求に応じるよう佳子を促す。
雨が降るのではないかというほど滅多にない進言に、刹那、佳子がしおらしい顔を見せた。だが、彼女は失意に突き落とされたような面持ちを引っ込めると、吹き出さんばかりに笑い出した。
「勘違いしないで。これはあさひのためなのよ」
「そうには見えません。畏れながら、目に余るので言わせてもらいます。働かせすぎです。こんな睡眠時間じゃ身体も壊すし、あさひの傷、知ってますか。世話する身にもなって下さい」
「壊れたら治療すれば良いだけのこと。要は──…」
佳子が屈んで、あさひと目線の位置を合わせた。彼女の指が、あさひの脚と脚の間を差す。
「ここが機能していれば、どうだって良いじゃない」
吐き捨てるような佳子の声。
かつてあさひにとって絶対的だった育江とは似ても似つかないはずの佳子が、初めて、あの祖母に重なった。