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秘匿の闇市〜Midnight〜
第8章 愛され少女の教育法



 理良が帰って夕飯までの時間、あさひはキッチンの見えるリビングで、学校の課題を片付けていた。


「私が世間知らずだったんでしょうか。それとも、おばあちゃんが世間を知らなかったんでしょうか」


 余計な知識を蓄えていると、男の自尊心を傷付ける。可愛げがなくなる。

 そうした根拠から、育江はあさひに必要以上の学習時間を与えなかった。

 あの時、少しでも祖母に背いていれば、今あさひの前に並んでいる問題も、難なく解けていたのだろうか。

 性的な感性や振る舞いなど、結局、この数ヶ月は何の役にも立っていない。


「お母さんは、それで苦労もしなかったから、そういう教え方しか出来なかったんだと思う」


 てきぱきとキッチンを立ち回る志乃の背中は、課題の合間に眺めていても、惚れ惚れする。

 反面、あさひは、彼女の笑顔が珍しく翳りを帯びているようにも感じた。


「私も、そういう風に生きなさいって……しつこく言われていたから」

「…………」

「私のためなんだろうとは、思いたかった。育ててくれたのも学費を出してくれていたのも、お母さんだし。あんまり言ったら悪いしね。ただ、私は反抗期が長かったんだ。学校帰りに買い食いもしたし、先生に補習も頼んだ。お姉ちゃんはお母さんの機嫌をとるのが上手くて、妹の私の面倒もよく見てくれる人だったけどね」


 志乃も同じ女の元で育ってきたのだ。

 あさひは、それを忘れかけることがある。

 彼女は育江と、どんな風に幼少時代を過ごしたのだろう。あさひ自身は顔も知らない立花陽音は、どんな女だったのか。あさひは、誰の何のために、この世に産み落とされたのか。
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