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秘匿の闇市〜Midnight〜
第8章 愛され少女の教育法







 彩月の狼狽えようは、予想を上回っていた。

 思い出は、事実より美しく残るという。それは迷信だったのだ。

 今まさに目の前にいる、あさひのかつての飼育係は、記憶など比にならない。あさひの胸を逸らせる。


 会えなくても仕方ない。

 そう割り切っていたのが嘘のように、一昨日、何より望んでいたことから目を逸らすのをやめて良かったと、心底思う。


「状況読めない、何かのドッキリ?林さんは?」

「ごめんなさい。私が彩月さんに会いたいって、美影さんに無理に頼んで、そしたら直接来るのはまずいから、林さんが協力して下さって……」

「あさひの代わりにあたしを呼んだ、ってことか」


 扉に背中を預けた彩月が、諦念した風に息をついた。

 あさひはウサギ耳の付いたフードコートを脱いで、彼女に差し出す。


「小屋には入るなと、言われています。私はこの通り着込んでいますから」

「そんな肩凝りそうなの、良いよ。ってか、本当にマゾ?せっかく解放されて善良な叔母さんと暮らせてるのに、自分のこといじめてよがってる?」

「いえ、……」

「お前みたいな商売女に指名されたなんて、屈辱」

「っ、ぁ……」


 彩月が身を翻し、たった今まで彼女のいた扉にあさひを押しつけた。

 彼女の手が、あさひの手首を袖ごと縫いとめる。

 あさひは行く手を塞がれて、あまりに端正とれた顔を間近に見る。


「滅茶苦茶に鳴かせれば良い?そのコートは下敷きにでもしろ。地べただと痛いよ」


 彩月の指があさひの喉を伝った瞬間、跡形もなく消えていたはずの感覚が、一気に息を吹き返した。

 脚から力が抜けていく。


「あっ、違って……して欲しいですけどっ……用件が…………っ」


 散乱する言葉をかき集めて、あさひは言葉を絞り出す。

 ただ会いたかったこと、会って話したかったこと、あの夜が最後であるのは本意でなかった。
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