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愛しているからセックスしたい
第1章 月明かりの中で
 海岸で二人並んでいたような記憶はあったが、そんなことを話したか思い出せず首を横に振った。
「作家としてのゆりなら悩んで悩んで、素敵な言葉を考えつくかもしれないけれど、今あなたの前にいる生身の私は、今夜もあなたに満たされたいと、そんな直接的なことしかいえないっていったんだ。ロマンチックな言葉ではなかったけれど、作家としての君ではなく、笑って泣いて一生懸命な君の素直な言葉は、僕の心をグッと掴んだのを覚えてるよ。君が性行為を大事にしているのは知っていたし」
 そういわれて、なんと恥ずかしいことをいったものだと思い出す。あの頃はただ彼が愛しくて、できればずっとくっついていたかった。そして、その会話の後、砂浜でたわむれたんだったっけと、若き自分たちに赤面しそうになる。
 彼の腕が腰に回った。ぎゅっと寄せられて、彼の身体を預けた。
「今の君ならなんて訳すかな?」
 彼の方を見れば目が合い、視線が絡み合う。
「作家の私に聞いてる?それとも、生身の私?」
 いたずらに笑ってそう聞けば、彼も口元をほころばせた。
「もちろん、生身の君に」
「今からあなたとセックスしたい」
 彼の首に腕を絡めた。そうすると彼は笑って、ド直球だね、何もかかってないしといった。
「何かかかってることをいうと思ったの?」
 月明かりのが落とす二人の影がじりじりと重なっていく。
「だって、今夜は夏目漱石から取って、満たされたいとか月の満ち欠けとかそういうの考えられてたんじゃないの?」
 ふふふと笑みが漏れ、私は首を横に振る。昔の私はもしかしたら頭の片隅でそんなことも考えていたかもしれない。でもきっと今の私と同じように、ただ全身で彼を愛したくて感じたくて、彼にも同じように愛されたかったんだと思う。
「私はただ、あなたと繋がりたかったの……」
 彼の瞳を見つめれば近くなる距離に目をつむった。そっと触れた唇がもどかしかった。
 月明かり降り注ぐ部屋で、抱き合う二人はいつもよりも丁寧にゆっくりとキスを交わす。
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