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濡れて堕ちて……
第6章 贖罪
やだ。

別れ話をするつもりが、こっちが先に驚かされてしまった。

びっくりし過ぎて、話を始めるタイミングを逃してしまった。


えっと…

何から、何をどうやって話そう。


「でも、陽子さんが来るって言ったからコーヒーのセットだけは置いておいたんですよ。今入れますから」

そう言って地べたに座ってた徹はスッと立ち上がりオロオロする私の脇をすり抜けてキッチンへ向かう。

コーヒーぐらいご馳走になっても罰は当たらないだろう。

「どうして、急に引っ越しなんて…」

一人暮らしなら充分な広さだし、職場からも近くて便利って言ってたし

この辺は治安が悪いから家賃も安いって言ってたから勿体ないような気が。


「んー、心境の変化って言うか、再出発を切りたいって言うか」


慣れた手つきでコーヒーを入れてくれてる。



再出発…、心境の変化…。

もしかして徹は

私が別れ話をしようとしてるって気づいてるんじゃ。

徹は妙な所で勘がいいから。




もし、そうだとしたら…

「────はい、どうぞ。ミルクなしの砂糖入り」

私のぶんのコーヒー、私の為にと買ってくれたマグカップを手渡してくれた。

「ありがとう…」

「テーブルや椅子も全部持って行っちゃったから地べたで我慢して下さい。あ、ちゃんと掃除はしましたから」

コーヒーを啜りながら、徹はその場に腰を下ろし胡座をかいた。


…立って飲むわけにも行かないし

ちゃんと話さなきゃなんないし、と

私もその場に腰を下ろす。



コーヒーのいい香り。

こうして徹にコーヒーを入れてもらうのも今日で最後。

ゆらゆら揺れる湯気をぼんやり見てると


「話って何ですか?」

「あ、あの…」


いざ徹を目の前にすると

言葉が出て来なくなった。


インターホン越しの声を聞いただけで悲しくなったぐらいだ。

本人を目の前にすると、このひだまりのようなオーラを目の前にすると、何も言えなくなる。

「あの、ね…」


「陽子さんって嘘の付けない人ですね。言いたい事はわかってますよ」



え…?

徹はやっぱり気づいてたんだ。
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